第01話[満月の咆哮]
その日は、よく晴れた満月の夜だった。
「まさかこんな時間になるとは…」
ファミレスで友人の悩み話を聞いていたカナトは、帰り道を急いでいた。もう直ぐ日付が変わる。一人暮らしをしている彼女にとって、それを責めるものは誰1人いないのだが…いや、1人うるさいのがいた。幼馴染のジンだ。
昔は自分の方が心配してばっかりだったが、中学の頃からたくましくなり始め、高校生になった今では兄のように接してくる。
ただ、その関係に不服はない。いや本当は自分の気持ちに気づいて欲しいと思わないでもないが、鈍い彼が変に意識するよりは、この関係を続けていたいのだ。
「心配されるのは嫌じゃないんだけど、同い年に門限で怒られるのはね…」
それだけ大事に思ってくれてるってことなんだろうけど、正直恥ずかしいし、迷惑をかけたいわけじゃない。
大通りを通れば、確実に0時を過ぎる。その前に着くには、人気のない薄暗い公園を抜けるしかない。
「ジンに怒られるから夜は通らない約束だけど、遅くなって怒られるよりかはマシだよね…」
何年かぶりに通った夜の公園は、まるで異世界のような不気味な雰囲気を醸していた。
あたりに人気はなく、強めの風だけが恐怖を掻き立てるように吹いているだけだった。
しかし、それが余計に恐怖を掻き立てる。急がなくていいのに勝手に早歩きになる。
トンネルを抜ければ直ぐに出口が見える。ホッとしたその瞬間だった。
何かを引きずる音が聞こえた。さっきまで後ろを歩く人の気配もなかった筈なのに。
得体は知れないが、このまま走り出しても追いつかれるのは間違いないだろう。ならばせめて姿だけでも…
振り返ろうとした時、青白い光が目の前を駆け抜けていった。
「何!?今の!!」
慌てて振り向くも、光は遥か遠くに消えていき、後ろいたであろう何かも姿を消していた。
「ただいま」
少しタイムロスはしたものの、何とか日付が変わる前に帰宅する事ができた。ラインが来ないということはジンのお説教もなしということだ。
「ふう。なんか無駄に疲れた…」
結局、怖くてダッシュで帰宅したため、余分な汗までかいてしまった。
休みたい気持ちを抑えて、シャワーを浴びる。汗で冷えた肌に心地よい暖かさが生きてる実感を湧かせる。もし振り返っていたらと思うと尚更だ。
「あれって結局…」
なんだったんだろうか。姿すら見てない物を探せもしないが、このままでは後味が悪い。
「おばけ?妖怪?怪談…とか?っていっても手がかりもないし判別つかないなぁ…」
ネットで調べるにしても、検索ワードが少なすぎてそれらしいのはヒットしないだろう。そう考えると、探すだけ無駄かも知れない。
「ああ、もう!!忘れよう!それしかない!」
湯船に深く浸かり、天井を見つめる。物心ついた時からこうやって過ごしてきた。多分何かで見た真似なんだろうけど、不思議と効くので重宝している。
風呂上がり、携帯を確認するとジンから連絡が入っていた。
「あそこは通るな…ってお見通し!?なんで!」
慌てて返信を打つ。周りに人気はなかったし、家からじゃ公園抜けたか大通りを通ったかなんてわからないし、まさか…
「たまたま入るところを見た…かぁ、びっくりした〜もう驚かせて」
こっちは怖い思いしたってのに。近くにいたら一緒に帰ってくれれば良かったじゃんか!
「バイト中だった…なら仕方ないか…もうしませんっと」
変なこと考えた自分が恥ずかしい。自覚してたよりも自意識過剰なのかも知れない。
モヤついた気持ちを整理するために布団に潜り込んだ。整理つかないときは寝るに限る。明日にはきっと全部スッキリしてるだろうから。
「ふう。危なかったぜ…さすがにトンネルですれ違ったなんて言えないからな。危ない目に巻き込みたくはないし」
ケータイを閉じ、ベッドに横になる。それにしても最近数が増えてきてるのは明らかだ。よくわからない連中と鉢合わせになることも増えたし、なんとかなってくれればいいんだけど。
「自分でどうにかするしかないよなぁ…」
せめて一日でも長く、平和な日々を。仮初めでも泣かせないですむように。
「明日は何もないと良いけどなあ…」
電気を消すと、ゆっくりと眠りについた。